葉画家 群馬直美 [Gunma Naomi]

葉画家
[出身]群馬県高崎市
[経歴]東京造形大学絵画科卒業。大学在学中より、葉っぱをテーマに創作活動を始める。各地で個展、ワークショップを開催し、広く“葉っぱ”の精神を伝える活動を行う。著書に「木の葉の美術館」「木の実の宝石箱」(世界文化社)、「街路樹 葉っぱの誌」(世界文化社)がある。

原寸大の葉っぱを精密に描く「葉画家(ようがか)」

Exif_JPEG_PICTURE
Exif_JPEG_PICTURE2014年6月14日 辛み大根 立川駅北口のそば屋「無庵」店主竹内さんより頂く 1.21収穫紙(アルシュ極細)/テンペラ size:460㎜×610㎜

 

 

 

 同じ葉っぱでも大きさや形、色合い、虫食いなど、一つとして同じものはない。 gunmasan_photo2        

 

 石田倉庫にアトリエを構えて 29年。群馬直美さんは、原寸大の葉っぱを精密に描く「葉画家(ようがか)」だ。アトリエには、制作中のモデルの葉っぱや野菜、それらを描くために撮った写真、テンペラの顔料のボトルが並んでいる。群馬さんの描く葉っぱは特別珍しいものではなく、身近な街路樹や道ばたに生きる植物。同じ葉っぱでも大きさや形、色合い、虫食いなど、一つとして同じものはない。群馬さんは、それらをありのままに、ていねいに時間をかけて絵にしている。

gunmasan_photo3 群馬さんのアトリエの棚と机。顔料のボトルが並ぶ棚。 部位ごとに撮った写真とパレットが並ぶ作業中の机。

 

 

ふと見上げた街路樹の枯れ枝に芽吹いた、新緑の輝きに、ハッとした。

 今から34年前。群馬さんが、大学3年生の時のこと。全身に無数のカラフルな目を埋め込んだ、ふくよかで巨大な女性の立体像を制作した。自分としては、“世界で一番美しいもの” を作り上げたつもりだったが、それを見て恐れのあまり泣いてしまった子どもがいた。この出来事で群馬さんは、創作もできないくらい大きなショックを受ける。「自分が思ったことが人に伝わらないなんて―。ひょっとして私の感覚は、世の中とズレているのかな…。」 自分自身の中で問いかける日々が3カ月続いた、冬の終わりのある日。いつものように鬱々とした頭で、倒れそうになりながらジョギングをしていた時のこと。ふと見上げた街路樹の枯れ枝に芽吹いた、新緑の輝きに、ハッとした。「心の奥深くに、その美しさが染み入ってきました。ぐるぐる回っていた問いかけも、ぴたりと止みました。ああ、この美しさを伝えたい。今、私が味わったこの感覚をみんなに伝えたい、と思い、その日から葉っぱをテーマにした創作が始まりました」。 

gunmasan_photo4 1980年4月頃 山吹 紙/筆ペン size:334mm×237mm

 

 そして、初めて制作したのが、芽吹きたてのヤマブキの葉で描いた、葉っぱの幾何学模様のこの作品だ。「子どもが怖がって泣いた作品は、いろんな素材や技法を駆使していたので、私を深く癒してくれた葉っぱの輝きは、“誰でもできるシンプルなやり方” で表現したい、と思って。」群馬さんは、かたわらに転がっていた筆ペンを手にし、 魚拓のような要領で葉裏を黒く塗り、紙の上に置いて、葉脈の感触を確かめながら、 指でこすり紙に写し取った。

 

「葉っぱの精神」と “テンペラ技法” との出会い

 さらに、葉っぱを題材に作品を作り始めてから10年程経ったある時、群馬さんにある言葉が舞い降りてきた。それは「この世の中のひとつひとつのものは全て同じ価値があり光り輝く存在である」というもの。群馬さんは、これを「葉っぱの精神」と名付け、「1枚の葉をありのまま、見たままに描いたらどうだろう? 」と、紙に油絵の具で描いてみた。気がつけばその数は1カ月で300枚にも及ぶ。そして、油絵の具では細かい描写が出来ない壁にぶつかり、より緻密な表現ができる技法はないかと思っていた時、知人からのアドバイスで “テンペラ技法” と出会った。“テンペラ技法” とは、西洋画の古典的な技法だが、数百年前に制作された作品も現在でも鮮明な色彩を保っているほど、経年による劣化が少ない技法である。 「はじめは名前も知らなかったんですが、 かわいい葉っぱだなってずっと気になっていて。自分の足元を見つめるつもりで描きました。」群馬さんが初めてテンペラで描いたのは、石田倉庫のアトリエの 1 階にいつも足下にあったハート型の葉っぱ、どくだみだった。

Exif_JPEG_PICTURE
Exif_JPEG_PICTURE

 1991年5月22日 ドクダミの葉っぱの表と裏 アトリエ階下の茂みにて 板/テンペラ size:223㎜×275㎜

 

時間と労力をかけて描き写すことで、作品の中で “永遠の命” を得る

 群馬さんの絵は、一瞬写真かと思うくらいに緻密だ。「それなら写真でいいんじゃないか? って、思ったりもします。でも、採取した葉っぱは、やがてしおれて朽ちてしまいます。それは、私も同じこと。時間と労力をかけて描き写すことで、作品の中で “永遠の命” を得ることができるんです。葉っぱも、私も―」と群馬さん。 確かに、たとえば同じ大根でも、写真で見るよりも、群馬さんが 5 ヶ月かけて描いた大根の絵を見たほうが、 不思議なことに細かい部分に目がいく。変色した葉っぱ、葉脈、虫食い、しみ、細く伸びた根っこ。これは、群馬さんが感じ捉えた1つ1つの「輝き」が、作品を通じて私たちの心に届いた証なのだ。 「30年もずっと葉っぱばかり描いていると、正直、このままでいいのかなって思ったこともありました。そんな時に、また、街路樹に目がいったんです。街路樹って、自然物でありながら人工的であったりもするじゃないですか。その中途半端さに惹かれ、東京中の街路樹を訪ね歩き、描いて、わかりました。みんなどんな環境であれ、一 生懸命生きてるんですよね。ああ、私も今のままでいいんだって。」 2005年より、世田谷美術館の「美術大学」を皮切りに、葉っぱワークショップ活動も開始。34年前に初めて描いた “誰でもできるシンプルなやり方” を今度はみなさんに教えている。大人も子どもも絵を描けない人も、その魅力にはまっているそうだ。「やっぱり、無駄なことなんかないんですね。」と群馬さんは言う。 「公園文化 WEB(http://www.midori-hanabunka.jp/gart1)」サイトでアートコラムも執筆したり、書籍の出版も行っている群馬さん。群馬さんの「葉っぱの精神」は、作品を通じて、見る人の心へと伝わり、これからもまた新しい光りとなって輝きつづけるだろう。