「モノづくりの歴史と共に歩んできた、企業の新しい挑戦」

 立川市の中心に敷地面積、約98万㎡を保有する株式会社 立飛ホールディングス。敷地内にはJR立川駅近郊から伸びる多摩都市モノレールの「立飛」駅、「高松」駅の二駅があり、近年、大型商業施設「三井ショッピングパーク ららぽーと立川立飛」を出店。多摩地域内外から注目を集め、連日多くの人々が訪れるエリアとなった。


立飛マップ

航空写真(境界線有)

同社全エリアの航空写真

 

ららぽーと立川立飛 外観写真2

市内外から数多くの買い物客が訪れる「三井ショッピングパーク ららぽーと立川立飛」

 

 平成27年2月には、立川駅北側国有地の約3万9千㎡を取得。新しい街づくりに挑戦を続ける同社。

その想いを、村山正道社長に聞いてみた。

 

「立飛の誇り、モノづくりへの想い」

 「現在は不動産賃貸業中心に事業を行い、新しい街づくりを行っています。しかし立飛の根幹、誇りは、先輩方の残したモノづくりへの想いなんです」と村山社長は語る。

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 同グループの前身である株式会社 石川島飛行機製作所は大正13年、陸軍用の飛行機製造を目的に中央区月島に設立された。

 昭和5年、立川に工場を移転し、その後「立川飛行機 株式会社」へ社名を変更。終戦までの製造した飛行機数は約1万機。従業員は4万2千人を数え、この数は当時の総労働者人口に対する比率でいえば、現在のトヨタやJRと並ぶほどともいえ、まさに国内トップクラスの大企業であった。

 昭和9年に開発された練習機、通称「赤とんぼ(95式1型中間練習機)」は飛行特性が優れた練習機として愛用された。同じく開発された「A-26」は昭和19年、世界記録を目指す長距離周回飛行が行われ、16,435㎞の世界記録を出す(戦時のため非公認)。その記録は長く破られなかった。

 戦後、GHQから飛行機の製造に関する一切の活動が禁止され、同社の敷地の大半もGHQにより接収される。昭和27年、サンフランシスコ講和条約発効により飛行機の製造が解禁されるや新しい飛行機が続々と開発された。

 解禁されたその年に逸早く、戦後初の国産第一号機「R-52型軽飛行機」を接収を免れた建屋で開発。翌年の昭和28年、「R-53型軽飛行機」を開発。軽量化のため、機体表面は羽布で覆いドープという塗料を使って張力を得ていた。

R-52画像

同社が開発した当時の国産第一号機「R-52型軽飛行機」

  

 さらに翌年の昭和29年、読売新聞社主催で学生航空連盟所属の飛行士2人による操縦で、北海道から九州まで約4000㎞を、2機並飛行による全国都市訪問飛行にも成功した。また、同年、一般の納屋などにも格納できるよう翼が折り畳み式となった「R-HM型軽飛行機」もフランス人の開発者アンリ・ミニエ氏を招聘して開発。「R-HM型軽飛行機」は操縦難易度が高かかったため、試作機1機のみの生産となった。

 

「戦後の日本の高度経済成長を支えた、多くの技術者を輩出」

 敗戦により飛行機制作関連の活動が禁止されたが、その高い技術継承は社内で脈々と受け継がれていた。

 自社設計戦闘機である「キ-94高高度防空戦闘機」の設計主務者を務めた長谷川龍雄氏は戦後、トヨタ自動車に移り、後にカローラの設計主査として活躍。同社の経営の要職を務めた。

 同社の試作工場長だった外山保氏は、軍用試作機の開発に取り組んでいた人物で戦後、電気自動車の開発を目的に東京電気自動車として独立。合併を経て、日産プリンス自動車販売で経営の要職を務めた。

 

 村山社長は「まさに今の日本の自動車産業を支えた技術者が、立飛から多く出て行った。
そうしたモノづくりの力を誇りに思っています」と話す。

 

「モノづくりの伝統、文化を生かし、地域の発展に寄与できる企業へ」

 今では多くの商業施設も建ち並ぶエリアだが、数年前まではコンクリートの塀に囲まれた倉庫、工場用地等主体だった。だが現在、万年塀をフェンスに変え、多くの市民に楽しんでいただくイベントを主催したり、積極的な文化事業を行っている。

CIMG5045一般公開イベントの模様

 同社がかつて製造したR-53・R-HMを修復し平成26年4月、修復記念一般公開を実施。平成27年には、モノ造りが行われてきた同社の工場跡地を活用したイベント「オープンファクトリー」を開催。飛行機に造詣が深い漫画家・松本零士氏と、A-26の設計主任であった木村秀政氏を恩師に持つ、独立系飛行機開発メーカー、有限会社オリンポス代表取締役の四戸哲氏のトークイベントも開いた。さらには、平成28年に「夏巡業 大相撲立川立飛場所」も開催した。

 

 他にも同社キャラクターとして、赤とんぼの飛行士をイメージした「たっぴくん」「たっぴちゃん」が誕生。同じく市内でフィギュアなどの企画、制作、販売など行うモノづくり企業「株式会社壽屋(ことぶきや)」へ依頼し、「明るい未来・夢や希望」を表現したストラップを制作し、好評を博している。

たっぴちゃん

 

 「立川の中心ともなる、これだけの広大な敷地を持つ私どもには責任があるんです。立飛が歩んできた歴史を大切に、立川はもちろん、多摩の発展に少しでも寄与していきたい。先輩方がそうであったように後世に誇れるような、文化的な街づくりに貢献していきたいと思っているんです」。村山社長は目を細め話していた。

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同社代表取締役会長の石戸敏雄さん(写真左)と代表取締役社長の村山正道さん(写真右)

 

◆株式会社立飛ホールディングス

〒190-8680 東京都立川市栄町六丁目1番地 立飛ビル3号館
TEL:042-536-1111(代表) FAX:042-536-1272

更新日 : 2017年 10月 19日(木)