音楽家 小田晃生

音楽家
小田晃生<Oda Kohsey>
出身:岩手県
ソロ活動の他にも、松本野々歩とのユニット「ノノホとコーセイ」をはじめ「COINN」、「ロバート・バーロー」、「はけの森楽団」などに参加。映像作品への楽曲提供も行っている。

はみださない「僕」の音楽

 さまざまな人たちと色とりどりな音楽を奏でる音楽家・小田晃生さん。12年前に立川に住みはじめて「なんだかフィットしました」と言う。ライブもここ5、6年で東京の西側の仕事が増え、これからは都心でライブを聴いてくれる人たちに「僕たちがホームにしている良い場所に来てほしい」と語る。

 今回は小田さんの等身大を知るお話。小田さんが身にまとう「飾らないかっこうよさ」はいったいどんな思いから生まれているのだろう。

 

はじまりは、坊主で無名の中学生バンド

岩手県出身の小田さんが音楽をはじめたのは中学生の頃。「バンドをやろう」と集まっていた同級生に「巻き込まれる」かたちで音楽の世界に。バンド名はなく、LUNA SEAL’Arc~en~Cielなどのコピーバンドで、ドラマーとして初舞台に立つ。

 

 「何が目的ではじまったかは覚えてないんですけど…文化祭のとき初めて体育館で演奏しました。校則があったから全員丸坊主で(笑)。でもその日だけは私服が許されていて、みんな一生懸命おしゃれをして演奏しました」。初めてのハレ舞台。ところが3曲を演奏したところで思いがけずストップをかけられたという。


 「『うるさすぎる』って言われて終了しました(笑)」
初舞台の思い出を、目を細めて語る小田さん。

 「ただ当時僕らを応援してくれる先生がいて、バンドをはじめたときにPTAにかけあってドラムを買ってくれたんです。それがすごい安いやつで、叩いたらすぐベコベコになっちゃいましたけど…そのお陰でちゃんと練習もライブもできました」


 演奏を止められた思い出よりも、「応援してくれる人がいたことが大きかった」と小田さん。「面白いくらい音楽にのめりこんでいましたね。それがずっと続いた結果が今かもしれません」

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バンドを組んだ後、実家の納屋に眠っていたものを見つけたのがきっかけで、ギターもはじめる。ギターは現在の小田さんの音楽作りの中心であり、身近な相棒。

 

「本当は僕、とても欲張りなんです」

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 今年で10年を迎えるソロ活動。「すべてが僕次第だから、常に揺らぎ続けている」という。

 「自分のことが一番分からなくなる」

 それは小田さんが他人の存在を大切にしているからこそ。
 「他人からいい影響を貰って、今まで続けられているんですね。ひとりでやりたいこともあるけど…いいアイデアを混ぜて『ソロ』として表に出せるようになるまでには、一緒にバンドをやった人の考え方とか、音楽についてダイレクトに教えてもらったことが影響します」

 自分のかたちを決めないのが小田さんの強み。「決めちゃわない方が楽しいし、多分…正しいような気がする」まっすぐな目で話す小田さんから、他人と向き合う柔軟な強さを感じた。

 そして最近小田さんの胸に響いているという言葉が「地道なことに1番価値がある」という、奥さんの言葉。「大きなステージに立ちたい」「CDをたくさん売りたい」といった欲が先行しそうなとき、ふと自分を立ち止めてくれる。

 

「長く磨きつづけるものがいい、そう思って」

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3rdソロアルバム「チグハグソングス」の発売記念イベント『チグハグまつり』(2014年10月開催)。会場は町田の簗田寺(りょうでんじ)。バンド演奏やフードの出店など、弾き語りライヴにとどまらない「面白さ」をかたちにした。

 

 地道に音楽家の道を歩みつづける小田さんに今後をお聞きすると、「壮大なものはやっぱりないですね(笑)。これまで重ねてきている、それぞれのバンドの活動をいいかたちで続けて行きたいし、途切れさせたくないですね」

 そして小田さんがずっと続けているもののひとつが、早口言葉づくり。「いつか本にしたくって、夜な夜なオリジナルの早口言葉を作りためています」自信作をひとつ教えてもらった。「おっちょこちょいのチェコのチョコ職人ちょくちょく失敗、しょっぱい塩チョコ」

 まるで歌うように言い切ると、ちょっと得意げな表情をのぞかせる小田さん。「自分にとって面白いことを、ちゃんとかたちにしていきたい」という思いもまた、小田さんの大きな原動力。

 「地道に重ねてきたものをつづけること」、「“面白い”をかたちにすること」を胸に、一途な音楽への思いは小田さんの中で強く息づいているようだった。

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TINY VISION / ギター&ボーカル
民族打楽器奏者/フレームドラム作家