「トタントテン」たかよし(Takayoshi・小田友美)

たかよし(Takayoshi・小田友美)
1982年鹿児島生まれ。
現在立川市在住。2004年劇団「ハイラック」を立ち上げ、約7年活動。その後2012年から太田みちさんとのお芝居パフォーマンスユニット「トタントテン」で活躍中。2児のおかあさん。農業も勉強中。

「誰もやらない、この世にない、へんなものをつくりたい!」

 会ってすぐに打ち解けられる天真爛漫な存在感と、明るく快活で、なんだかとっても頼りがいがありそうなまっすぐさ。ある晴れた5月の昼下がり、たかよしさんがここ3年常連だという立川の名店、シンボパンで待ち合わせた。

 現在立川に暮らし、パフォーマンスユニット「トタントテン」の活動をしながら、6歳と1歳のふたりの子育て中でもあるたかよしさん。小さい頃から人前で歌ったり踊ったりするのが大好き。物心ついた頃には物語を自分で書き、高校時代は演劇部の部長。脚本も書いてオリジナルで演劇を創作していた。
 そんな彼女の芯の強そうなまなざしの秘密を探りたく、小さい頃からこれまでのいろんなお話を伺った。そのたくさんのお話の中でも、上京当時のエピソードはとても“らしさ”がにじみでていた。

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 芝居をやるため、出身地の鹿児島県から高校卒業と同時に上京した頃は「裸一貫、こわいものなし!」という感じだったと、たかよしさん。それもそのはず卒業前の1月、通学で乗っていたバイクが追い風にあおられ田んぼの側溝に転倒、両足の骨折と頭も打ち、生死の境をさまよう大怪我をした。3か月間入院し、卒業式の日に車いすでひさしぶりに登校すると、「またねという卒業式っぽい言葉はかけられず、“よく生きてたね”ってみんなに言われました(笑)」


 イベント制作を学べる専門学校への進学が決まっていたことから、持ち前の根性で(!)リハビリをこなし、なんとか4月の旅立ちに間に合わせた。通っていた進学校の同級生たちは皆、九州の大学に進学を決めていたので、知り合いも、友達もいない、怪我も治りたての東京暮らしがスタートした。

 

「100万円貯まったら公演しよう!」劇団ハイラックの日々

 無事上京したたかよしさん。専門学校で2年間みっちり勉強し、ひとまず芸能事務所に就職。俳優やモデルのマネジメントをしながら「100万円たまったら公演しよう!」という目標を自分に課す。そして、その約1年後、たかよしさんは劇団「ハイラック」を立ち上げた。  


  基本的に公演ごとに集まっては解散する形をとっていたことから、「おもしろそうと思った舞台やライブに足を運んで、自分の中でひっかかりのあった役者さんやミュージシャンの方にはまずその場で声をかけてましたね」


 その頃の自分を今思い出すとぎょっとするそうだが、当時は初公演に向かって猪突猛進。スタッフ・役者も全部自分で集め、会場準備もし、力ずくで初公演を実現させた。22歳の冬のことだった。
 「一度やるって言ったことはやらないと、気がすまない性格なので。やっぱナシ!ってのが言えないタチですね」


 とは言ってもなかなかそんな風にはできないのが人の常。たかよしさんが中学、高校の頃から一貫して演劇やパフォーマンスを創作しつづけている秘密はそのあたりに隠れていそうな気がした。
 その後も息子さんの誕生を機に活動をお休みするまで、劇団ハイラックは2004年から約7年の間に18作品もの公演を行う

 

しんぼさんと

次回のワークショップ会場、シンボパンのシンボさん(左)と。たかよしさんは忙しい時にお店も手伝うという仲良しの常連さん。

「トタントテン」はじまる

 

 2012年に結成し、現在活動中のお芝居パフォーマンスユニット「トタントテン」。

 相方の太田みちさん(以下ちゃあさん)は、ハイラック時代に参加してくれた役者のうちの一人だ。たかよしさんにも大きな影響を与えた震災が起きた2011年。その時今までのやり方をすべて見直した。それまで大事にしていた台詞で伝える演劇から、視覚や感覚にダイレクトに伝わるパフォーマンスに目覚め始めたのもこの頃だったそうだ。
 そしてそんな最中、直感力豊かな彼女が“この人とならやれる!”とふいに思い浮かんだのがちゃあさんの顔だった。思い浮かんだらすぐスタートのたかよしさん、7、8年ほとんど連絡をとっていなかった彼女に早々に声をかけ、久々のご対面。顔を見た瞬間「ざわっと風が吹くような感じがありました」と少しはにかんだ。

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仮面姿でパフォーマンスする、たかよしさん(右)と、ちゃあさん。

「コーヒーみたいにじっくりと時間をかけて淹れるような作品をつくりたいね」

 無事再会を果たしたふたり。タイムラグを感じることもなく、国分寺のねじまき雲にてさっそく意気投合。偶然にもおいしいコーヒーを飲みながら話していたことから “コーヒーみたいにじっくり時間をかけて淹れるような作品をつくろう”と瞬時にテーマも固まった。その場でぱっと思いついたものだったが、たかよしさんはこの言葉を今も時々思い出すようにしていて、胸の中に大事に持ちつづけている。
 「トタントテンの公演内容は、尻文字で会話するとか、微妙に内容の違う絵本をふたりで読み合うとか、言葉で説明しようとするとなかなかむずかしいんですが、とにかく見た事のないようなへんなパフォーマンスをつくろうと思って。インパクトを詰め込んだ短い寸劇にこだわって作っています。それとふたりで定期的に「勉強会」という名のワークショップを行っていて、大人も子どもも参加してくれています」 

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勉強会(ワークショップ)の様子。体全体を使って、自分の言ったことば表現してつないでいくしりとり。なんとなく可笑しくなって、大人もほどけた笑顔になる。

 

ところで上の写真のように、勉強会(ワークショップ)で大人もはっちゃけて楽しんでもらうには、なにか秘訣はありますか、とたずねてみると、
 「ふつうの自己紹介をしない、それぞれ素性をあかさないことですね」と驚きの答えが返ってきた。
 「何かとワークショップではじめましての時って自己紹介をしますよね。でもそれをやっちゃうと自分が何を言うかに必死になって、人の紹介をちゃんと聞いて覚えておくってことができない気がするので、“印象”で覚えてもらえるような形で行います。例えば『今日何線に乗ってここまできましたか?』と聞いて『中央線です』と答えたらその日の名前は“中央線さん”。この方式だと演劇経験があるかどうかもわからないですし、大物俳優が来たとしてもおばあちゃんでも子どもでも関係なしで楽しめます。その人の“らしさ”が見える形で紹介しあうと、堅苦しくなくなってスッと入っていけますね」 

 

“おばあちゃんになるくらいまで長く続けよう”

「私は思いついたらつっぱしるタイプなので、ちゃんと客観的なアイデアをくれる相方ちゃあの存在は助かりますね。これからの活動についてふたりの中で決まっていることは“おばあちゃんになるくらいまで長く続けよう”ってことだけです。
 感覚的な話になりますが、これまでは自分の中のいろんなものをかき集めて作品を作っていたんですけど、『トタントテン』はパフォーマンスも、子育ても、わたしたちふたりの家庭も、最近大好きな畑仕事も、全部おんなじ線の上でやっているような気持ちなんです。生活も創作もすべてつながっていて、離れてるって感じがしないんですよね。だから今、すごく楽しいです。そんな感じでこれからも、相変わらずこんな風にこの世にないものを、へんなものをつくっていきたいですね」 

一度面白いと思ったものは忘れない、その原石を活かして磨いて淡々と、でもいつも着実な実行力で創作の歩みをとめないたかよしさん。向かいの席からこちらにのびる視線はあまりにまっすぐで、話を聞いていてアスリートと話しているような爽快感を感じた。言葉では説明しきれないような感覚的な気持ちを大人になっても大事にしているから、人との出会いや創作の直感も冴えているのだ。これから人生が円熟していくにつれ、どんな作品をつくるのだろう。その一歩一歩が気になる。

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その道20年、国内外の民話などで仮面劇をやる「うろのひびき」をたずね、仮面の作り方を伝授してもらった。その後ふたりがそれぞれ作った仮面を見せ合っているところ。